私と家族の物語

自分史活用アドバイザーが描く家族史プロジェクト

老にして学べば、死して朽ちず。

自分史において40代までは
ずっと誰かの子どもであったり
誰かの母であり、妻であり
会社では総務人事の人だった。
なかなか自分だけの為には生きられなかった・・。
 
2003年5月のWEB日記には
50歳になって
人生においてやりたかったことのやり残しがたくさんあることに気付いた。
夢が叶わなかったことはすでに自明の理となり
それでも精一杯やったからええやんと言い聞かせても
心の奥底では、何かしら寂しい。
そのことを自分自身に納得させる年齢らしいけれど
何かをやって叶わなかったどころか
実現どころか夢さえ見ていないような気がする。

今から、夢の実現に向けて再挑戦するに
残されている時間はあるのだろうか?

切羽詰って、固まっている自分が居た。
 
周囲からは、何故何もやらないんだ?
今の状態から跳び出せ!
やりたいことがあることを
あの人たちは知っているから・・・。
 
でも、生活に捉われるのが常でしょう・・・。
勇気のない言い訳です。
それまで
数え上げるほど、山ほどできない訳があった。

 ナイターの中継流るる居間に独り開く歌集か「無援の抒情」
 一行の歌に涙すを今さらと呪縛の解けぬ五十路にありて

「無縁の叙情」は道浦母都子さんの歌集です。
同じ時代に青春を通りぬけててきた世代の抱く無援感は共通のものでしょう。
多少なりとも、思想という名の荒野で傷付いていたものです。
ノンポリを恥じた日がありました。
学園紛争の日常の中、集会に出かけて、ますます混迷したこと。
ただ人についてデモに参加した日。
集会中にいきなり石を投げられたこと。
部活中に無実の後輩が機動隊に追われ
目の前で棍棒で押さえ込まれたこと。
違うからと交渉したときの恐怖。
 
あの頃はみんなが迷い憂えていた時代だった。

「少にして学べば、壮にして為すあり、壮にして学べば、老いて衰えず、老にして学べば、死して朽ちず。」
 
それから20年近くたって
私は何かを為したかどうかわかりませんが
学び続けています。
そして
いよいよ老いていきます。
老いての学びはこの裡にありそうです。
その学びを書くこと。
そのことで繋いでいきたいと思う。
死して朽ちずとはそういうことなんだろう。
 
やっと、見え始めたように思います。
 
f:id:teinei-life:20200517144328j:image